不眠症
寝つきが悪い、夜中に何度も目が覚める、熟睡できない、などの問題があり日中の仕事や学業に支障が出る状態をいいます。原因は様々で、心身の病気やストレス、アルコール、環境の問題などがありますが、最も多くの人に当てはまる問題は生活習慣です。
なぜ生活習慣が大切なのか
人間の体内時計は25時間周期であるため、1日24時間の中で規則正しい生活を送るためには起床時に朝日を浴びて、体内時計をリセットする必要があります。睡眠に問題を感じている多くの方は、眠れないから早く寝よう、少しでも長く寝よう、足りない睡眠を昼寝などで補おう、など“寝る”ことに意識が集中しがちで、“起きる”ことの重要性をご存じない場合が多いと感じています。
睡眠を司るホルモンは日光を浴びることで、その14~16時間後に眠気が来るように分泌調整されます。そのため、起床時間が遅くなり日光を浴びなければ、それだけ眠気が来る時刻が遅くなってしまいます。夜眠れないと、どうしても日中は眠気が強く昼寝をしたくなると思いますが、昼寝などをしてしまうとホルモンのバランスが乱れるため、その晩は眠れなくなってしまいます。患者さんに昼寝をしないよう指導すると、「寝てはいません、横になっているだけです。」とおっしゃいますが、残念ながら単に横になっているだけでも、やはり眠れなくなるのです。
疲れを溜めるとホルモン分泌量が増えるため、日中に運動をしたり、頭を使ったりするとより眠れるようになります。よく知られていることですが、カフェインには目を覚まさせる効果がありますので、寝る8時間ほど前からはコーヒーは飲まない方がよいと言われています。ほかにも喫煙やお酒も悪影響を与えます。お酒を飲むと眠たくなったり、嫌なことが少し気にならなくなったりするため、寝つきが良くなるかもしれません。ですが深い睡眠を減らす作用がありますので、途中で目が覚めやすかったり、沢山寝ても体が休めなかったりするため、実は不眠症を悪化させてしまうのです。
強い光を発する電子機器を夜に使用すると、光で分泌の調整を受けているホルモンのバランスが崩れてしまい眠れなくなってしまいます。ですから、夜にはあまり使用しないか、せめて画面照度を落として使用した方がよいでしょう。生活習慣を整えても睡眠が改善しない場合は、何らかの病気が隠れている可能性があるため受診をお勧めします。
治療
睡眠導入剤、眠剤、催眠剤、安定剤など患者さんは様々な表現を使いますが、医学的にこれらの言葉に定義はなく、いずれも眠気を催すためのお薬“睡眠薬”を指す言葉として使われています。睡眠薬にはいくつかの種類があります。
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ベンゾジアゼピン系
ベンゾジアゼピン系の薬剤には眠気が強くでるタイプと、眠気は控えめで不安を和らげる効果が強いタイプがあります。後者は俗に安定剤と呼ばれることが多いようです。種類が豊富で作用時間も様々です。昔からよく使われる睡眠薬ですが、長期間使用することでお薬が効きにくくなる耐性、止められなくなる依存性が問題になることがあります。また、お酒と一緒に内服したり大量に内服したりして、呼吸が止まってしまう呼吸抑制という副作用が出て命にかかわることもあります。日本ではこのベンゾジアゼピン系薬剤に対する規制が乏しく、比較的簡単に処方されているため、しばしば乱用が問題になります。やめる時にも工夫が必要で、自己判断で中止すると問題が生じることがあります。法律で最大30日分までしか処方できません。必要な時に原則短期間だけ使用すればこれらの問題は生じにくいため、専門家の判断で使用した方がよいでしょう。
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非ベンゾジアゼピン系
ベンゾジアゼピン系を改良して作られたお薬です。ふらつきや転倒、依存性などの副作用がベンゾジアゼピン系に比べて減少しています。一方で抗不安効果はありません。効果時間が短いものしかありません。
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メラトニン受容体作動薬
眠気を催すホルモンであるメラトニンの分泌を増やし、自然に近い睡眠を作り出すお薬です。
依存性や耐性は極めて少ないと言われています。
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オレキシン受容体拮抗薬
目を覚まさせるホルモンであるオレキシンの分泌を減らし、自然に近い睡眠を作り出すお薬です。
依存性や耐性は極めて少ないと言われています。
眠る力は老化します
とてもショックに思われるかもしれませんが、年齢を重ねると若いころに比べて眠れなくなります。必要な睡眠の長さには個人差がありますが、平均して1日に8時間以上眠ることができるのは10代後半までです。その後は徐々に睡眠時間が減少し、70代以降では6時間台になるようです。例えばご高齢の方で、整形外科を受診して「100mを13秒で走れるようにしてくれ」とおっしゃる方はまずいないと思いますが、精神科を受診して「午後9時から午前5時まで寝られるようにしてくれ」とおっしゃる方は沢山います。お薬を使って無理やり鎮静をかければ不可能ではないのですが、それは健康的な睡眠とは大きくかけ離れてしまいます。たとえ睡眠時間が短くても、日中の活動に支障がなければ治療の必要はないことがほとんどです。子供は“早寝早起き”が良いですが、大人は“遅寝早起き”を心掛け、有意義な時間の過ごし方を考える工夫も必要かもしれません。